1945年以前、結核には現在のような抗結核薬による治療がほとんどありませんでした。それでは、当時結核に感染した人、さらに実際に結核を発病した人は、どのくらい生き延びることができたのでしょうか。現在の研究では、「感染した人」と「発病した人」を分けて考えることが非常に重要です。この記事では、特効薬が普及する前の結核の自然経過について、最新の研究から生存率と死亡率を整理します。
結核に感染した人の何割が発病したのか?
まず、「結核に感染した」と「結核を発病した」は同じ意味ではありません。
現在のCDCの説明では、結核菌に感染した人のうち、治療を受けない場合でも生涯に結核を発病するのはおよそ10%とされています。約5%が感染後2年以内に発病し、さらに約5%がその後の人生で発病するとされています。
したがって、
「結核菌に感染した人の10人中7人、8人、9人が結核で死亡した」
という意味ではありません。
感染しても免疫によって菌を抑え込み、潜在性結核感染の状態のまま生涯を終える人が多数存在します。
一方、いったん活動性の肺結核を発病し、特に菌を大量に排出する「喀痰塗抹陽性肺結核」になると、事情は大きく変わります。
1945年以前に結核を発病した人の生存率は?
ここが最も重要なポイントです。
抗結核薬が登場する前の時代を対象にした研究をまとめた2011年の系統的レビューでは、HIV陰性で治療を受けていない喀痰塗抹陽性肺結核患者について、10年間の死亡率は研究によって53~86%、加重平均では約70%と推定されています。つまり、10年後まで生存している割合は、おおむね30%程度だったことになります。
WHOも、抗結核薬による治療がなかった時代の研究から、喀痰塗抹陽性肺結核では診断後10年以内に約70%が死亡していたとしています。
したがって、1945年以前の「発病した結核患者」の生存率を一つの数字で表すなら、
重症化した肺結核では、10年生存率は約30%前後
という数字が一つの目安になります。
ただし、これはすべての結核患者に当てはまる数字ではありません。
結核の重症度によって生存率は大きく違った
結核は非常に幅の広い病気です。
軽症の肺結核と、肺の広範囲が侵されている進行肺結核では、死亡リスクがまったく異なります。
近年、1917~1948年の米国の結核患者を対象として、抗結核薬による化学療法が普及する前の時代のデータを再解析した研究があります。
この研究では、診断時に「最小限の病変」だった患者の5年間の結核死亡確率は約2%と推定された一方、最も進行した「far advanced disease」では約40%と推定されました。
つまり、
「結核=数年以内に必ず死亡」ではありません。
軽症のまま長期間生存する人もいれば、自然に病巣が縮小・治癒する人もいました。
反対に、排菌を伴う進行した肺結核では死亡率が非常に高かったのです。
5年生存率なら何%だったのか?
ここは「10年生存率」と区別する必要があります。
抗結核薬がなかった時代の研究を統合した分析では、喀痰塗抹陽性肺結核の5年間の死亡率は平均約55~58%と推定されています。
したがって、単純に逆算すれば、
5年生存率:約42~45%
が一つの目安になります。
ただし、これは当時のすべての結核患者を意味する数字ではありません。
軽症患者、塗抹陰性患者、療養所に入った患者などを含めると、生存率は大きく変化します。
さらに、当時の研究には診断基準や患者の選び方、追跡調査の方法などの違いがあるため、「1945年以前の結核生存率は○%」と断定することはできません。
なぜ特効薬がなくても生き延びる人がいたのか?
結核は、感染したら必ず急速に悪化する病気ではありません。
人間の免疫系が結核菌の増殖を抑え込むことによって、病変が縮小したり、線維化・石灰化したりすることがあります。
また、当時は薬による治療がなくても、安静、栄養、療養所での生活などが行われていました。
ただし、当時の「療養」は現在の抗菌薬治療とは全く異なります。
サナトリウムなどでの長期療養によって症状が改善した患者もいましたが、結核菌を完全に排除できたとは限らず、何年も経ってから再び悪化することもありました。
そのため、当時の「治癒」と現在の医学的な意味での「治癒」を単純に比較することはできません。
1945年は結核治療の大きな転換点だった
1945年という年を境に、結核治療が突然完全に変わったわけではありません。
ストレプトマイシンは1940年代に開発され、1944年には臨床的に画期的な効果が報告されました。その後、PASやイソニアジドなどが加わり、1950年代に抗結核化学療法が本格的に発展していきます。
したがって、「1945年以前=完全に薬がなかった」「1946年から突然結核が治るようになった」と考えるのは正確ではありません。
むしろ、
1940年代半ばから1950年代にかけて、結核治療が大きく変化した
と考えるのが適切です。
日本でも1950年ごろまでは結核死亡率が非常に高く、1951年の結核死亡率は人口10万人あたり110.3でした。国立健康危機管理研究機構の資料によると、その後、結核対策、検診、BCG、治療薬の普及などによって死亡率は急速に低下していきました。
結局、1945年以前に結核を発病した人は何割生き残ったのか?
質問に対する答えを簡潔に整理すると、次のようになります。
「結核菌に感染した人」については、感染者の大多数が直ちに発病したわけではありません。現在の知見では、生涯に発病する割合はおよそ10%が目安です。
一方、「活動性肺結核を発病した人」、特に治療を受けていない喀痰塗抹陽性患者では、
5年生存率:約40~45%程度
10年生存率:約30%程度
という推定が重要な目安になります。
つまり、以前よく言われる「結核は半分くらいが助かった」という説明は、短期の生存や患者の重症度によっては当てはまる場合がありますが、無治療の排菌性肺結核を10年間追った場合には、かなり楽観的な数字です。
一方で、軽症患者まで含めれば生存率はもっと高くなります。実際、1917~1948年の米国データでは、軽症の患者では5年間の結核死亡確率が約2%と推定されています。
したがって、最も正確な結論は、
「1945年以前の結核発病者の生存率は一律には決められない。しかし、無治療の進行した肺結核では死亡率が非常に高く、排菌性肺結核では10年死亡率約70%、10年生存率約30%という研究結果がある」
となります。
よくある質問(FAQ)
Q1.1945年以前に結核に感染したら、ほとんどの人が死亡したのですか?
いいえ。感染と発病は別です。感染しても免疫によって結核菌を抑え込み、発病しない人が多数いました。問題になるのは、実際に活動性結核を発病した場合です。
Q2.結核を発病しても自然治癒する人はいましたか?
いました。結核には自然に病勢が弱まるケースもあり、軽症患者では長期間生存する人もいました。ただし、自然治癒したように見えても再燃する可能性がありました。
Q3.結核の5年生存率は50%だったのでしょうか?
患者の重症度によって大きく異なります。抗結核薬以前の喀痰塗抹陽性肺結核では、研究を統合すると5年死亡率は約55~58%と推定され、5年生存率は約42~45%が目安になります。
Q4.ストレプトマイシンが1945年から結核を治したのですか?
1944年にはストレプトマイシンの画期的な臨床効果が報告されましたが、1945年を境に一夜で治療法が変わったわけではありません。その後、PASやイソニアジドなどが加わり、1950年代に有効な化学療法が確立していきました。
Q5.昔の日本では結核患者の死亡率は高かったのですか?
非常に高かったといえます。日本では1950年ごろまで結核は主要な死因で、1951年の結核死亡率は人口10万人あたり110.3でした。その後、抗結核薬、公衆衛生、検診、BCG、生活環境の改善などが重なって死亡率は大きく低下しました。
まとめ
1945年以前の結核について「何割が生き延びたのか」を考える場合、まず「感染」と「発病」を分ける必要があります。
結核菌に感染しても、多くの人はすぐには発病しません。一方、活動性肺結核、特に排菌性の肺結核を発病して無治療だった場合は、非常に厳しい病気でした。
抗結核薬以前の研究では、喀痰塗抹陽性肺結核の10年死亡率は約70%、つまり10年生存率は約30%と推定されています。5年では死亡率約55~58%、生存率約42~45%が一つの目安です。
ただし、軽症患者では長期間生存する可能性が大幅に高く、実際に自然軽快した人もいました。
したがって、1945年以前の結核を一言で表すなら、
「感染者の大半は発病しなかったが、いったん進行した肺結核を発病すると、特効薬のない時代には10年で約7割が死亡するほど深刻な病気だった」
というのが、現在の研究に最も近い説明です。

