オーランチオキトリウムは本当に「石油」を作れるのでしょうか。日本で進められた下水利用の研究成果と、実用化への課題を最新資料から整理します。
結論
- オーランチオキトリウムがスクアレンを生産することは、査読論文で確認されています。
- 下水などに含まれる有機物を利用して培養し、油を生産する研究も日本で実際に行われました。
- スクアレンをガソリンやジェット燃料に利用できる炭化水素へ改質する研究も成功しています。
- 一方、「日本の石油をすべて代替できる」「安価な燃料を大量生産できる」という段階まで実証されたわけではありません。
- 現在の重要課題は、培養・回収・改質に必要なエネルギーやコストを下げ、大規模生産を成立させることです。
FAQ
① 注目ポイント・注意点は?
最大のポイントは、「オーランチオキトリウムが油を作る」という話そのものは事実だということです。ただし、そこで作られるスクアレンを、そのまま「地下から採掘する原油」と同一視するのは適切ではありません。研究では、スクアレンを燃料として利用するための改質工程も開発されています。
② この記事で重点的に扱う内容は?
2010年代に大きな注目を集めたオーランチオキトリウム18W-13a株について、どの程度のスクアレン生産能力が確認されたのか、なぜ下水との組み合わせが研究されたのか、そして実用化を阻む課題は何なのかを整理します。
③ どんな読者におすすめ?
「オーランチオキトリウムは本当に石油を作れるの?」「昔ニュースになった研究はその後どうなったの?」「下水から燃料を作ることは可能なの?」と疑問を持っている人におすすめです。研究成果と将来予測を分けて確認したい人にも役立つ内容です。
オーランチオキトリウムの研究成果と実用化への課題
オーランチオキトリウムは何を作る生物なのか
オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)は、光合成を行わず、水中の有機物を取り込んで増殖する従属栄養性の生物です。筑波大学では、広い意味で藻類の研究対象として扱われてきましたが、厳密には一般的な海藻や光合成をする微細藻類とは性質が異なります。
この生物が注目された大きな理由が、油脂成分の一種であるスクアレンを高濃度で生産できることです。
筑波大学などの研究グループが報告した18W-13a株では、培養4日目にスクアレン含有量が乾燥重量1gあたり198mg、生産量が1Lあたり1.29gに達しました。これは当時の研究報告と比較して非常に高い値でした。
その後の培養条件の最適化研究でも、温度、海水濃度、グルコース濃度などを調整することで、約171mg/gのスクアレン含有量と約0.9g/Lの生産量が報告されています。研究者は、商業用スクアレンの代替供給源となる可能性を示しました。
ここで注意したいのは、「スクアレンができる」ことと「石油ができる」ことは完全に同じではないという点です。
スクアレンは炭化水素ですが、一般的な原油そのものではありません。燃料として利用するには、目的に応じた改質工程が必要になります。
下水を利用して油を作る研究は実際に行われた
オーランチオキトリウムが特に注目されたもう一つの理由が、光合成を必要としないことです。
光合成をする藻類の場合、光、二酸化炭素、水、栄養塩などを用意して培養する必要があります。一方、オーランチオキトリウムは有機物を栄養源として利用できます。
そこで研究されたのが、下水処理施設に含まれる有機物などをオーランチオキトリウムの培養に利用する方法です。
東日本大震災後には、筑波大学、東北大学、仙台市が連携し、仙台市の南蒲生浄化センターを活用した藻類バイオマス研究が進められました。目的は、排水処理とエネルギー生産を組み合わせることです。
研究では、産業排水などの有機物を含む水を利用した培養や、下水処理場の固形有機物・活性汚泥などを利用する可能性が検討されました。単純に「下水をそのまま燃料に変える」というものではなく、下水中の有機物を微生物の成長に利用し、その生物が生産した成分を回収するという考え方です。
この仕組みには、廃棄物処理と資源生産を同時に行える可能性があります。
つまり、従来なら処理や廃棄にコストがかかる有機物を、微生物の培養原料として利用できれば、下水処理施設そのものを資源生産拠点に変えられる可能性があるわけです。
「石油になる」ための燃料化技術と、まだ残る課題
オーランチオキトリウム研究が単なる「油を作る実験」で終わらなかった点も重要です。
東北大学では、オーランチオキトリウムが生産するスクアレンを水素化分解し、低級炭化水素へ変換する触媒技術が研究されました。研究成果では、ルテニウムを担持した触媒を利用し、スクアレンを燃料利用につながる炭化水素へ変換する方法が示されています。
さらに、この方法で得られる生成物は、従来の石油由来燃料とは異なり、芳香族成分を含まない分岐飽和炭化水素を中心とするという特徴も報告されています。
この段階まで見ると、「オーランチオキトリウムから燃料を作る」という話には、科学的な根拠があることが分かります。
しかし、実用化には大きな壁があります。
微生物を大量に培養するには原料、設備、温度管理、撹拌、酸素供給などが必要です。さらに、培養した生物からスクアレンを回収し、それを燃料へ改質する工程にもエネルギーと設備が必要になります。
筑波大学の研究紹介でも、研究室レベルで可能性を示すことと、社会で利用できる規模まで実用化することの間には大きな壁があると説明されています。また、オーランチオキトリウムは炭素源を必要とするため、その原料をどう確保するかが重要な課題です。
そのため、「1ヘクタールで年間何万トン」「1リットル何十円」といった数字を見る場合には注意が必要です。こうした数字は、一定の生産条件や将来の大規模培養を想定した試算であり、同じ規模・価格で商業生産できることが実証された数字とは区別する必要があります。
オーランチオキトリウムについて最も正確な評価は、「油を生産する能力と燃料化技術は実際に研究・実証されたが、石油を大規模かつ低コストで置き換える商業技術として完成したわけではない」というものです。
したがって、昔の報道を「全部ウソだった」と考える必要もありません。一方で、当時の大きな将来予測を現在の実証済み技術と同じものとして扱うのも適切ではありません。
まとめ
オーランチオキトリウムによる油生産は、根拠のない話ではありません。18W-13a株がスクアレンを高効率で生産することは査読論文で報告され、下水などの有機物を利用した培養研究も日本で実施されました。さらに、スクアレンを燃料として利用可能な炭化水素へ変換する技術も研究されています。
一方で、研究成果と商業化は別問題です。大量培養、原料確保、油の回収、改質に必要なエネルギー、設備費、最終的な燃料価格などをすべて成立させる必要があります。
今回の研究を理解するうえで大切なのは、「本当に油ができるのか」と「石油の代わりとして経済的に大量生産できるのか」を分けて考えることです。
前者については、科学的な実証があります。後者については、まだ実用化に向けた課題が残っています。

